「クララとお日さま」考:その8

「クララとお日さま」の読書会を開催する予定なので、極力ネタバレしない範囲で、読後の考察を書き綴ってみる。

無編集、無チェックなので、乱文、誤字脱字あしからず!

「クララとお日さま」読書会案内 | コルクラボ



これまでのブログ記事は、かなり小説の本筋から離れている傍流の話で、とってもパーソナルなトピックスなのは我慢ください。
本当は、本筋についても書きたいのですが、そうすると読書会開く意味が薄れると思うので! あしからず。





「もし、ロボットに心があったら」と 傾聴する力


これを書くきっかけを以下に三点あげた。

1. コテンラジオをほぼ一通り聞いてみて、歴史をフラットに観る大切さと困難さを知った。

しんちゃんが思うに、現代は
「足るを知る」から、無限に人間の欲望を拡大して、効率化を極限まで追求した社会だと思う。

COTEN RADIO コテンラジオ オフィシャルサイト




2. 現在の自分の仕事が、ロボットとロボットの狭間を埋める人間の手作業なため、あたかも自分がロボットの一部のアクチュエーターになった気分を感じて日々作業しているから

3. 「クララとお日さま」という小説にAIロボットがでてくるから
『クララとお日さま [Kindle]』(カズオ・イシグロ) - ブクログ



2. の現在の仕事から話してみたい。

断って置きますが、これは しんちゃんの全くの主観です。
仕事を批判したいわけではありません。


今年の2/1から職場が全く変わって、環境も仕事内容も人も全てかわった。
今の仕事を簡単に説明すると、自動倉庫から製品をロボットで出して、手動で測定して、終了後に自動搬送ロボットに乗せて、次工程に製品を送る。です。

なぜ、測定部分が手動なのかというと、単純に自動にすると費用がかかりすぎるから! です。

この仕事を始めた当初は、よくロボットの警告アラームを鳴らしていました。原因はロボットのタイミングに自分が合わせられなかったから。
それで、ロボットが誤動作したり、人間を守る安全装置が働いて、頻繁にアラームが、”ピーーーー”、”ピーーーー”となって、ロボットに怒られるわけです。 

別に人間みたいに文句は言われませんが ^ _ ^;

結構、ストレスです。疲れます。

なんか、自分が ロボットの下僕になった気分です。



昔、チャップリンの「モダンタイムス」という映画があった。
チャップリンが巨大な機械の歯車をメンテナンスしようとして、歯車に飲み込まれて、右往左往する、ドタバタ喜劇。
それを、想起させるシチュエーションだ!



今の仕事は、大規模な国家プロジェクト実験に使う製品を製造するための作業です。

昔、NASAでアポロ計画をしていて、人間をなんとか月に送ろうとしていた。そのとき、NASAを視察に来た人が、トイレ掃除をするおじさんに、君は何をしてるのか? と尋ねたら、胸をはって「人類を月に送る仕事に携わています!」と答えたというエピソードがある。
同じ仕事をしていても、人間はそこに、異なる意味を見つけることができる。


恐らく、同じ仕事でも何の意味も感じられずにする作業と、このNASAのおじさんのように意義を感じてやる作業とでは、労働生産性が大きくちがうだろう。
そして、働くひとの満足度も!


現代の仕事って、作業(オペレーション)はしているけれども、思考はしていないことが殆ど。
例えば、しんちゃんの例でいうと、新しい職場に移動して不慣れな時期は、作業が全て新しいから、一つ一つが新鮮で、注意力が要求されていた。でも、人間は慣れる動物で、だんだん慣れて脳内に作業手順のプロシジャーが出来上がると、どんどんオートマチックに、思考を介さずに作業できるようになる。
でないと、毎日違う作業をしていたら、ほんとに疲れてしまうから。


”脳はなにかとサボリたがる” ように出来ていますから。

しんちゃん的には、「仕事」とは思考が要求される人間でないとできない作業のことで、その他は単なる「作業」に分類される。

だから、ほとんどは「作業」であって「仕事」はしていないことになる。




で、話がそれたので、もとにもどします。

2. で述べた
現在の仕事をAIロボット(人間に類する身体を持つ)がやっていて、もし心をもっていたらどうか? と考えた。


3. で述べた「クララとお日さま」のなかで複数のAIロボット(AF)が登場するが、個体差がある。人間的に表現すると、「個性」がある。

なので、そういったレベルのAIロボットがいたと仮定して想像してみた。

クララのような、観察が好きで、向上心、任務遂行に対する忠誠心(この中では、ひたすらジョジーの幸せを願う)をもつAIがいたとしたら、どうだろうか?


ミッション遂行の過程に対して不満をもつAIロボットもいるはずだ。しかし、ミッションそのものには疑いをもたないだろう。

しかし、クララのようなAIロボットなら、知的好奇心が旺盛(観察が好き)なので、同じ作業の繰り返しには、いずれ飽きてしまうだろう。それでも、人間と違ってフラストレーションは感じないかもしれないが、「なんか役に立っていないな」と思うことだろう。

そもそも、クララはFA(親友AIロボット)で、コミュニケーションに特化したAIだと思われる。

だから、こういった作業自体が適していないのだから当然だ。


そこで、思い出したのが、
1. で述べた、コテンラジオ
COTEN RADIO コテンラジオ オフィシャルサイト



で、つい最近のコンテンツで篠田さんとの対談があったのを思い出した。

エール株式会社 篠田真貴子さんと語る「聴く力」(前編)【COTEN RADIO番外編 #43】 - YouTube

エール株式会社 篠田真貴子さんと語る「聴く力」(中編)【COTEN RADIO番外編 #44】 - YouTube




対話の力。特に「聴く力」に注目した場合、現代の人間は「聴く力」がとても弱くなっているようだ。

効率化、競争原理が主な社会では聴く力がなおざりにされていても、生産性をあげることが出来ていた。
しかし、今後の変化が激しく多様化した世界では、「聴く力」の重要性がますます増してくると思われる。


だとすると、AIの聴く能力、理解力は別にしても、ただただ話を傾聴して、適切な問いやあいづちをうてるAIの方が、忍耐強く傾聴できるだろう。

もし、話手がAIに対して偏見、不信を持っていないらば、AIロボットが、とても良い話し相手、友達になれるかもしれない。

これは、全ての世代に有用だとは思うが、とりわけ、なおざりにされている、子供、老人の友達として とっても良いのではないか?


このコテンラジオを聴いてから、会社に入ってからの40年間を振り返ってみた。
自分にしても、上司にしても、部下にしても、このような相手をコントロールしない傾聴による対話をした経験は皆無だ。実務的な対話、世間話はするが、本当の傾聴をしてもらった経験が殆どないし、自分がしてあげたこともない。

あたり前のようだけれど、その事実に愕然とした。




すこし話が変わるが、「傾聴」に関する最近の体験を書いてみる。

しんちゃんは今年に入ってから、かねてより学んでいた、一対一の対話をベースにしたコーチングのようなスキルを使って、実際に練習でセッションを繰り返してきた。このサービスの特徴は一般に言われているコーチングと違い、極力相手をコントロールしないこと。

その経験を重ねていく過程で、しんちゃんにとって一番むつかしかったのが、聴くことに専念すること。特に相手が回答に詰まって、沈黙が流れると、それに耐えきれなくなり、ついつい無駄なことを話してしまった。
これは、相当意識的にやらないと出来ない。


然し、相手をコントロールせずに、聴くことに集中できるようになると、自然と相手が心を開いてくれて、クライアントさんが想定していなかったような無意識に近い、言葉や気づきが起きてきた。

そして、セッションが終わって感想を聞くと、じっくり話を聞いてもらえたことに皆が満足してくれていた。
セッションそのものの内容よりもむしろ、話をきいてくれたことに価値を感じてくれているようだった。

これは、殆どのクライアントさんから言われたことなので、再現性の高い真実だと思う。


そして、セッションを続けていくなかで、家族とのコミュニケーションにも変化があらわれてきた。

娘との対話の話。

大学のメール登録で娘から珍しく質問された。しんちゃんはPCに詳しいので、聞いてきたのだろう。
そして、自分ではかなり丁寧に説明したつもりだったが、説明した後に長い沈黙があった。いつもだったら、説明が不十分だったのかと思って、さらに説明を続けていたと思う。

でも、この時は、違った。
娘は、発達障害で、何かのきっかけで思考がフリーズしたような状態になる(かたまって、なにも反応しないので外からはそう見える)。
しんちゃんは、もしかしたら、今、フリーズしているのかもしれないと考え直して、しばらく、ただ待ってみた。
そしたら、ボソボソっと返事があって、それに答えて、またフリーズして、それを何回か繰り返した。
その日は、それで終わって、二三日してから、また同じ質問があって、また同様のやり取りを繰り返して、ようやく解決したようだった。

その時、突然、何かが分かった気がした。
これが、娘の特質なんだ! と。

「傾聴」の力を実感した瞬間である!


「クララとお日さま」という一冊の本から派生して、

いろいろな気づきをもらっている。

感謝!