コルクラボというコミュニティは、居心地が良い。けれど、あまり人に興味が沸かない/沸かせたくないと思っている自分が、ずっといた。これが、毎月毎月コルクラボを辞めようか考える背景だと思う。

もちろん、瞬間瞬間で、とても興味が沸くことは当たり前にある!だが、一人になった途端に、人だけでなく自ら何かに興味を沸かせること自体が難しくなる。

能動的に興味を持てなくなった自分を、空っぽに感じる。



「居心地が良いはずなのに、興味を沸かせたくない」という私は、矛盾していた。

つまり私は、「当たり障りのない関係で、それなりに居心地が良ければ良い」と満足していたのだと思う。

こういう自分を少しでも自覚したとき、「あーあ、つまらない大人になってしまったなぁ」と過る。

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最近、こんなことを考えていた。

人と深い関係を築くには、良くも悪くも、傷つく体験も喜びを感じる体験も両方が必要だと感じる。

しかしながら、傷つく体験/傷つける体験というのは、人との関係を断つキッカケになり得るので、私はその(傷つく体験/傷つける)体験自体を避けてしまう。

だから、人と深い関係を傷つくことにも繋がらない。



『居心地は良いが、興味を沸かせたくない』→『人との間で傷つく体験を避けている』→『結果、人と深い関係を築くことは難しくなる』

というループに、私はハマってしまっていると思う。

深い人間関係を築くことを望んでいると同時に、それを望んでいない。こんな自己矛盾を抱えている自分は、至極人間らしいなぁと俯瞰している自分もいた。


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そんなことをぐるぐると考えていたので、ブログに書かせてもらった!